やっと届いた
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浜松在住時代に参加したツーリングクラブ。
走る仲間がほしくて、ネットで検索してリーダーの勤務先の店に行って、「バイク乗ってるんです」と言って参加することに。今思えば自分らしくない積極性。
ネット時代だから参加できたクラブは、ツーリングのお知らせも当然ネットで。名古屋に移っても、東京に来ても誘ってもらえるので、できるときは現地集合で参加しています。
今週の日曜日は木曽福島から開田高原へのツーリング。「これは無理やろ」と思うも、浜松から一般道と、東京から中央道伊那IC→権兵衛トンネルなら時間が変わらないことが判明。高速の退屈は何とかすれば、ということで参加することに。
浜松組(って東京組が私一人なんだけど)の木曽福島(R19とR361の交差点)通過時刻が11:30予定とのことなので、中央道に8:30に入れば間に合うけど、渋滞と休憩を考慮して7:30に出発。
環8から甲州街道経由調布ICから中央道。8:00前に乗ったのにもう渋滞が。バイクの得意技を使いながら快適に山梨県を走り抜け、双葉SAで休憩。バイクがいっぱい休憩しています。隣に止めた青の12Rさんが「いきなり抜いてごめんなさい。」と。いいんですよ、何台に抜かれたか覚えてませんから。
諏訪ICまでなぜか後ろをついてきた湘南ナンバーの女性ソロライダーを気にしながら走ったりしているうちに伊那IC到着。時間があったので旧道となった権兵衛峠でR19に抜けようと思ったのですが、災害か工事で通行止めのため断念。トンネルを抜けることに。
さくっとトンネルを抜け、R19に入ると暑さが。合流地点の手前にある道の駅日義木曽駒高原で休憩のついでに携帯電話と無線で浜松組の状況を確認するも、まだ遠いのか連絡が取れず、R361に入って待つことにしました。 
R361に入って3キロ進んだところにあった酒屋の前で待つことに。携帯は相変わらず通じませんが、無線が少しずつ近づいていることを知らせてくれます。無事連絡もついてそのまま合流し、開田高原のおそば屋さん「ふもと屋」で昼食。ここはライダーであればざるそば(2枚)の値段で大盛り(3枚)食べられます。うれしいけど、ライダーってみんな大食いって思われてるんだろうか・・・しっかり3枚食べましたけど。
食事後はすぐ近くの馬の里へ。木曽馬という種類の馬を守って育てているところで、乗馬体験もあります。我々は誰も挑戦せず。鉄の馬専門だから、とか言いながら(怖かったんでしょ)。でも草をあげたり頭を撫でたり、おとなしい馬としばらくまったり遊んでもらいました。コスモスやそばの花もきれいでしたよ。 

予定の時刻を(到着の時点で既に)1時間遅れ、元の道をR19へ降ります。トンネルの中が涼しいを通り越して寒いくらい。R19に着いたらみんなとは逆の左へ曲がれば最短で帰れますが、まだ時間もあるので中津川方向へ曲がり、R256で妻籠から昼神温泉へ抜けることにしました。
R19は途中から渋滞となり、寝そうになる人もいたようです(私はぜんぜんでしたが)。R256は車がいなくなったあとは渋滞のストレスを一気に解消するように・・・(以下自粛)
昼神温泉でみんなと別れ、飯田ICからはまた一人で中央道。11台で走っていたのと比べると急に寂しくなりました。あたりも暗くなり始め、きれいな夕焼けを見ました。そのあとはただ走るのみ。大月から30キロの渋滞に遭い、帰宅は予想を大幅に遅れる23時となってしまいましたが、とても満足なツーリングでした。
やっぱり仲間と一緒に走るってのがいいですね。また行きたいと思いました。
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いわゆるディスチャージヘッドランプ(放電式前照灯)です。最近車のヘッドライトで白っぽいのや青っぽいのを見ますが、あれです。
バイク用品の通販サイトから来たメールに載ってたので、また大魔王が出てしまいました(そう言えば夜走ってて怖かったよな、とか必要な理由を思い出したりして)。
逆に今まで付けていなかったのは、高かったから、と自分でつけられそうになかったから。車のナビもそうですが、自分で取り付けできないものは欲しくならないのです。なぜか。
で、通販ではこういうものはやっぱり怖いので、さっそく買いに近所(でも隣の県)のお店へ。デイトナのにしようと思ったけど9R用のハーネスセットがなかったのでSOLAMというメーカのにしました。(デイトナ製品より1万円くらい安いです)
帰って取り付け。手順は次の通りです。
2.イグナイタやインバータをタンデムシート下に入れるため、シートとタンデムシート、燃料タンクを取り外し
3.既存のバルブを取り外し、HIDバルブを慎重に取り付け
(写真では忘れていますが、防水カバーを通してから付けます)
4.カウル内にイグナイタを両面テープで取り付け、バルブとの配線を接続
5.タンデムシート下にインバータを、シート下にリレーを両面テープで取り付け、配線を接続(赤い線は無線機の電源です)
6.コントロールボックス(車体からのライト点灯の信号を受けるもの)を元のライトのコネクタとバルブに接続
ここで全部の結線を確認し、電源線をバッテリーにつないで試点灯
外したシートやタンクを取り付けて作業は終了
左が装着後、右が前です。角度が違うので明るさは比較できませんが、色の違いはわかりますね。
作業時間は約2時間でした。今夜確認走行です!
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週末は書く時間がなかったくらい忙しくなりまして。
18日(土曜日)
休みでも6時頃に目が覚めてそれっきり寝られなくなってしまうのにもすっかり慣れた。涼しかったので午前中に車を洗って(カラスの落し物で悲惨な状態)、部屋の掃除をして、14時過ぎに花火大会会場の様子を見に多摩川の土手へ。
確か15時前は場所取り禁止のはずが、いい場所にはかなりシートが広げられていました。これはいかんと場所取りグッズを取りに戻り、約2名分の場所取り成功(一人で見るんですけどね・・・)。
16時ごろにもう一度様子を見に行き、大丈夫そうなので売り切れないうちに近くの酒屋でビール4缶とつまみを仕入れて準備完了。
開始より30分ほど早めにビールとカメラを持って多摩川へ。うちの周辺にはありえないくらい大勢の人が来ています。なんでも4年ぶり?とのことで、期待してたくさんの人が来られたのでしょうね。
19時ちょうどにスタート。打ち上げ地点は目の前で、大きな花火を存分に見ることができました。いくつかの幕に分けて構成されていて、それぞれのテーマは場内放送で説明してくれるし、それぞれの幕が大変工夫されていて、あっという間の1時間でした。花火でこんなに感動したのは生まれて初めてでした(言葉が下手でまったく伝わりませんが)。企画したスタッフの皆様、お疲れ様&ありがとうございました。
19日(日曜日)
間に1日はさんで8日間あったお休みも今日で終わり。よく考えたらあまりの暑さにバイクにまったく乗っていなかったので、少し涼しくなったからと朝から(また6:30頃起きていた)9Rで奥多摩に行くことを思い立つ。
準備して出発は9:30。予定していてもなかなかこの時間には出られないのに、得したような、損したような・・・
地図をしっかり見てから出たのに、家からわずか20分で道を間違う。でも昔の記憶で何とかコースに復帰し、約2時間半で奥多摩周遊道路の月夜見駐車場に到着。道も良かったし、眺めも最高。でも、なんか妙に暑くなってきた・・・
一度奥多摩湖側に降り、逆コースで帰路に。やっぱり下り坂の左カーブが苦手であることを感じつつ、そこそこのペースで走ることができました。
しかし街に下りてくると、暑さがどんどん増してきます。休憩のきっかけを失い、帰りは水を飲まなかったこともあって意識が低下し、家の近くまで来てまたミスコース。しかしこれは偶然良い帰宅コースを発見することができたので正解。
帰宅は14:30。真夏の一人5時間耐久でした。疲れました。
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最近、内容が異常に「鉄」化しているのを認識はしているですが・・・こう暑くては二輪車など乗る気が起きませんから・・・
江戸東京博物館で開催されている「大鉄道博覧会」を見てきました。日本における鉄道の黄金期と言える昭和30年代を中心に、鉄道が果たしてきた役割や鉄道そのものを支える職員の姿などが実物や模型を使って紹介されています。
夏休み期間でもあるので、子供向けの内容かと若干心配していたのですが、予想以上に文化史的内容が充実しており、子供向けと言っても自由研究の題材として十分な(大人の解説が必要とは思いますが)レベルの高い展示でした。
もちろん、見るだけでも楽しめるよう、実物の蒸気機関車 や大量の車両模型がところ狭しと並べられていて、中でも個人製作の1/80ジオラマの精巧さには驚きました。
気づいたのですが、見学者に年配の方が多かったのです。「C57の引く列車で上京してさ、」なんていう会話が聞こえましたから、昔の体験を懐かしく思い出しながらご覧になっていたのでしょう。もしかすると過去に鉄道に携わっていた方もおられたかもしれません。その世代の方にとっては、人生と切っても切れない関係にあったことでしょう。私も両親からそんな話を聞いたことがあり、そんなことを思い出していました。
もう一つの驚きは出口のそばに必ずある記念グッズ売り場。画集、絵葉書、マグカップ、キーホルダーは当たり前、鉄道関連書籍、ビデオ、ストラップ、Tシャツ、車両番号プレート、チョロQ、果てはNゲージ鉄道模型のセットまで(ここは模型屋かいっ!)。鉄道好きの心理を巧みに読み取った、近年まれに見る充実度でした(私は何も買いませんでした) 。
世間では今までにない層(特に女性)にも趣味として広がっているんだとか。そのうち、「○い趣味」から抜け出すときが来るのでしょうか?
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往路の記事に対するコメントを書いていて、名古屋(熱田)から先は東海道本線ではあるものの、旧東海道ではないことに気づきました。
もともと旧街道を意識していたわけではない(こういうタイトル付けたくせに)のですが、気づいてしまうと飛ばした区間(熱田~草津)に絶対乗らなければ、ということに決定。
実はもうひとつ理由があり、8耐の際に滋賀の実家に泊まった友人がお土産に買って帰った「ぽん菓子」がその方の友人から大絶賛を頂いたという情報があり、ぜひ買って帰ろうと思ったのですが、
「売っているのは鉄道のない町の道の駅」
なので、どうやって行こうかと暑さと酒で弱った頭で考えた結果、
「実家に寄って車で連れて行ってもらおう」という名案が浮かび、その実家が東海道に沿う草津線の沿線であるため一石二鳥。 
11時過ぎに大阪の実家(ややこしくてすいません)を出発、茨木駅から快速野洲行きで草津へ。(11:22発→12:12着)
この途中にある膳所(ぜぜと読みます:難読駅名の一つ)駅は高校時代通学で使った駅。独特の口調で駅名を連呼する駅員さんがいたなぁ、と思いながら。
草津からは草津線に乗り換え。高校の頃と電車の色は変わったけど駅のつくりや電車そのもの(番号みればわかるので)は変わっていないので、ちょっとタイムスリップ感覚。
草津から貴生川へ。(12:23発→12:47着)
父に車で迎えに来てもらい家に着くと、県内に住む義妹夫婦と子供、広島から帰省していた義弟がおり、図らずも全員集合。昼からビールをたっぷり頂きました(列車移動でよかった)。
あとの行程上1時間しか滞在できず、14時に道の駅に行こうとしたら、なんと全員で行くことに。車2台を連ねて20分ほど走ると、道の駅あいの土山に到着。
ここでめでたく「ぽん菓子」をゲット。意外に小さい袋だったので3袋購入。他の人も「そんなにおいしいのなら」と5袋。(って書いたら大人気になって、買えなくなったりして。)
めでたく目的を果たし、また車2台で関西本線の柘植駅へ送ってもらいます。駅前で記念写真を撮り、列車が出るまで見送ってくれました。感激。関西線の気動車
(今回唯一の電車でない乗り物)で亀山へ。(15:11発→15:35着)
亀山で会社が変わるので、名古屋行きに乗り換え。なぜ同一ホーム乗り換えじゃないんだ?しかも途中四日市では快速みえが3分前に発車済みだし、どういうこと?(15:42発→16:58着)
無事桑名を通過したので、貴生川~柘植間を除いて東海道は走破。名古屋から在来線で帰る元気も目的もなくなったので、空いてる時間の新幹線までの時間で友人を呼び出し、久しぶりの飲み(昨夜の酒も残ってるのに飲みっぱなし)。
時間になったので新幹線で品川へ。行きに7時間以上かかった区間を2時間足らずですっ飛ばし。やっぱりすごいなーと思いました。(20:44発→22:18着)
あとは通勤経路どおり、京浜東北線で大井町(22:25発→22:29着)、東急大井町線で最寄駅へ。(22:38発→23:00着)
新幹線を使ったにもかかわらず、この日だけで7本乗り継ぎ、約12時間(3分の1は飲んでた時間?)掛けての帰路でした。
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さすがにヘルメットではなく、帽子です。
今回のお盆帰省は公共交通機関で移動することにしました。
東京~大阪間は新幹線!というのは出張でよく使うし、切符が取りにくいだろう(単に計画性が無いだけ)から、他の手段で行くことにしました。
普通に考えればJRの在来線でトコトコ行けばいいのですが、それではつまらない。自宅も帰省先も私鉄沿線にあるので、「できるだけ私鉄に乗り、私鉄のない区間はJR在来線に乗る」ことにしました。
事前にインターネットで列車の時刻まで完全に調べ尽くしてその通りに行くこともできますが、面白くないので何も調べず、ノロノロ準備して12時前に出発(この時点で先のことを全く考えていない←無計画人間)。
自宅最寄りの駅からいつもとは反対のホームへ。なんか別の駅のようです。乗る前に写真を撮ることにしたので「必然的に」先頭車両の一番前に乗ることになります。どの列車でも、子供がかぶりつきで前(または運転士)を見ています。微笑ましい。(12:10発→12:35着)
東急と小田急の中央林間駅は道1本分離れていて、乗り換えでちょっと急ぎましたが、予定の(一応列車内で携帯から次の列車までの時間は見ていた)1本前の列車に乗りました。(12:37発→12:42着)
小田急相模大野駅で小田原方面に乗り換え。中央林間で撮れなかった写真を撮っている間に、小田原行き急行が発車してしまいました。これで1本前に乗ったのがチャラ。
次の箱根湯本行き急行に乗って、新松田から御殿場線、と時刻表(JRのだけ持参)を見ると、列車がなく小田原回りの方が30分早いことが判明。小田原でJR東日
本に乗り換え。(12:52発→13:44着)
小田原~熱海間の東海道線は海側に座るのが絶対おすすめです。たまたま空いてたから座ったんですが、こんなにきれいな海を見ることができました。長いトンネルを抜け、会社境界の熱海着。(13:55発→14:25着)
熱海までは15両編成だったのが、3両編成になります。しかも、2列車到着で1列車が発車するため、輸送力1/10!熱海で降りるお客様が多いとはいえ、当然混雑し、大井町線の通勤時間帯状態に。せっかくの東海の新車なのに、これでいいのかな・・・と思いながら島田まで。(14:37発→16:22着)
島田は特に何もない駅です。なぜここで終着になるのか不明。乗り継ぐお客様も結構いるので、浜松まで運転すべきだと思うのですが、事情があるのでしょうね。興津から後を追ってきた浜松行きに乗車。ただし、座席確保を目的に浜松の一つ手前の天竜川で下車。(16:33発→17:13着) 
天竜川はまっすぐにのびるレールがとても印象的でした。そういえば浜松在住時代に車のディーラーに行くのに使ったなぁ…と思いながら、菊川から来た豊橋行きに乗車。これも豊橋ではなく二川で下車。(17:22発→18:00着)
二川は駅の割に待合室が立派でした。ベンチがあるだけですけどね。ここから乗るお客様は結構いました。豊橋に飲みに行くのかな?(←酒飲みの狭い想像力)と考えつつ、浜松から来た特別快速大垣行きに乗車。何も考えずに大垣で下車。(18:18発→19:45着)
大垣~米原間が東海道線最大のネック。1時間に2本しかありません。豊橋から追ってきた新快速はすでに立っている人もいる状態で、そこへ特別快速で来た人が加わるため、また通勤状態になりました。豊橋から乗れば良かったと後悔しても遅く、米原へ。(20:03発→20:38着)
本来ならここからも在来線なのですが、時間もなくなってきたため、1区間だけ新幹線に(自由席1区間はとても安いのです)。米原~京都間はいちばん駅間が長いので得した気分(栗東新駅ができると不可能に)。こだまだと思って7号車に乗ってたらひかりだったので焦った。(20:57発→21:21着)
京都で在来線に乗り換え。Suicaがここでも使えるのはわかっていたけど、いつもの通勤定期(携帯です)が今日乗ったほとんどの区間(JR東海一部区間が使えない)で使えたのはすごいなあ、と思う。新快速で高槻へ。(21:29発→21:41着)
後を追ってきた快速(京都で乗れたけど見送った)に乗り換え、次の茨木へ。外は真っ暗で見えませんが、小学生のころ遊んでいたあたりを通過して、5分で到着。(21:45発→21:50着)
ここまで12本の列車に乗り、所要9時間40分。完全在来線も可能でしたが、まあいろいろあって(知っている人だけ理解しといてね)。
さて、帰りはどうしようか…(まだ決めてない←やっぱり 無計画人間)
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引越し関係で最後まで残っていた、ZX-9Rの転入登録に行ってきました。
もちろん税金はちゃんと払っているし、10月には車検があるからそのときに一緒にやってしまえばいいんだけど、出身でもない名古屋のナンバーをつけてる理由もないので(名古屋ナンバーが嫌いだと言ってるのではありませんよ)、変えることにしました。
実は過去にNinja(GPZ900R)でなにわ→練馬→浜松→名古屋(この間13年!)の手続きをずっと自分でやってきて、思ったより簡単だし、順番通りに手続きしていくのって結構好きだったりするのです。
というわけで、用意してあった書類等(新住民票、現車検証、現ナンバープレート、印鑑、念のため納税証明書)を持って東大井の関東運輸局東京運輸支局へ。
世田谷から車で1時間。予想通りだったけど、ナビがなぜか路地や商店街を好むので、ずいぶん時間がかかったような気がします。渋滞には遭わなかったからよしとするか。
12時に出てちょうど13時に着くと、駐車場がずいぶん空いていました。帰りはいっぱいになっていたから、この時間帯に行くのはおすすめです。
案内看板をみて、二輪の手続きの順序と場所を覚えておく。まずC建物(ナンバーセンターと書かれた別館)へ。中に入ると、まずどこの窓口へ行くかがわからない。どこかに表示はないか、と探しているうち、一番奥に書類(申請用紙)の販売所があることがわかり、ここで小型二輪の県外からの転入であることを言って書類を購入。(25円)
その係の人に、次は11番(カウンターの反対の端)で現ナンバーを返納するよう言われ、指示に従って11番窓口でナンバーを返納。車検ステッカーは再発行もできるが、別途手数料がかかるとのことではがして再利用。ステッカーそのものは紙なので裏がはがれてしまったが、「薄くなるだけですから問題ない」らしい。
返納窓口の係の人に書類の記入箇所と方法を教わり(このあたりとても親切!)、本館(A建物)の2階へ行くよう言われる。ここで書類の記入見本を見ながら記入するが、どこの陸事もそうだけど、見本が一応あるものの、わかってる人が作ったためか、痒い所になかなか手が届いてない。わからないところもあったけど訊くのはいやなので適当に記入。
受付に持っていくと、「ナンバーを返したときにスタンプを押してもらってない」とのこと。さっきの親切な係員が忘れたらしい。もう一度スタンプをもらいにC建物へ。「暑いところ申し訳ありませんが」と言ってくれたので気分良く。やっぱり接客サービスはこういった一言が効果的なんだなと実感しました。
返納係に「スタンプを・・・」というと、何を確認するでもなくポンポンと押してくれました。顔を覚えられてたからいいのかな?
再度A建物2階の受付に書類を提出し、10分ほど待つと車検証が発行された。これを持って3たびC建物に行って、ナンバー発行窓口へ提出。520円を払ってナンバーを受け取って手続き終了。待ち時間を入れて30分程度でした。時間帯も良かったせいか、「もう終わり?」という感じ。職員の方々の対応も今までの陸事の中で一番良かったような気がします。
これで晴れてすべての車(1台)とバイク(2台)のナンバーが変わりました。でも、ぜんぜん数字を覚えてない(特に原付は仮名+5桁もあるし)。
ところで、二輪の 「品川C」 って、なんで「C」なんですかね?
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本日、汐留の日テレ前広場で行われた壮行会に行ってきました。
昨年も(名古屋からはるばる)見に来ましたが、今年は場所が大階段の上から下に変更。ステージも昨年より立派になって、力の入れ様が感じられます。
30分まえに会場に着くと、すでに囲われている範囲いっぱいに観客が陣取っていて、「出遅れた?」と焦るも、ステージ前に並んでいたDucati,HONDA,YAMAHA,SUZUKIのmotoGPマシン(日本人ライダーと関係ないやん)を撮ってから最後方に陣取りました。この時点で100人くらいはいたかな?
説明係が「できるだけ前に詰めてくださ~い」とか、DJが「後ろの人のために座ってくださ~い」と言うと、素直に詰めたり座ったりするのはみんな同じGPファンだからでしょうか。気持ちよかったです。
日テレ藤井アナと青木アナの司会でいよいよスタート。すぐに全出場ライダーがステージ上に現れ、会場は拍手と興奮に包まれます。しかも、つい先週の8耐で優勝したSUZUKIの秋吉選手がもてぎでスポット参戦するとのことで、サプライズ出演。
展開はアナウンサーからの質問に一人ずつ答えるという形式で、みんなまじめに答える中、関口さんのボケ、玉やんの(滑りかけた)ギャグ、青山兄弟の掛け合いで会場は盛り上がっておりました。
全ライダーの日本GPに向けた決意。
・小山 昨年はケガの影響があったけど、今年は優勝をねらう。
・関口 持てる力を出し切ります。
・高橋 優勝目指します。
・中野 表彰台に立てるように。
・玉田 中野と二人で表彰台に立つ!
・博一 3連覇!
・周平 兄ちゃんの3連覇阻止!
・秋吉 日本人で表彰台独占。
たった1時間だったけど、日本人ライダーが全員そろって、間近で見られて、コメントもしっかり聞くことができるこのイベントは大好きです。最後に藤井アナの「もてぎに行ったことある人!」「G+見てる人!」の両方に手を挙げ(見た限りかなりの人が挙げてた)
、お約束のじゃんけん大会(今年は2回)、会場を背景にしての写真撮影を行い、あっという間の1時間は終了。
正直8耐より暑かったけど、9月のもてぎに向けて「行くぞ!」という気持ちが盛り上がりましたよ。
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その前に今回の観戦ツアーメンバーを紹介しておかなければ。
東京1:私、Hさん、Jさん(土曜日から月曜日まで完全に同一行程:車1台)
東京2:Tさん(日曜日だけ参加:現地での移動は東京1の車)
大阪:Dさん、Iさん(土曜日現地合流から月曜朝まで東京1と同一行程:Dさんはめっちゃ稀少なカスタムバイク、Iさんは家族思いの車)
↑わかりづらいな・・・
さて、準備も整って宿を出発しようとしたところ、Dさんのバイクに火が入らない!という事象が。キックを繰り返すもプラグがかぶった可能性があるとのことで、とりあえず東京1の車でTさんを迎えに宿最寄のJR弥富駅へ。
到着には間に合い、無事Tさんと合流。宿へ引き返すと無事エンジンもかかっていて(タコメータが動かんとか他のトラブルはあったが)、3台揃って出発。昨日の逆ルートでサーキットへ。
鈴鹿ICには例年どおり二輪専用ブースが設けられていましたが、いい時間帯なのにあんまり利用しているバイクはなく、ちょっと寂しい想いも。むかしはそこに行列ができてたんだけどね。
昨日の駐車場に車を入れ(他の2台はそれぞれ別)、スタンドで落ち合うことにしているのでまた重いクーラーボックスを引きずってスタンドへ。途中で予定していたネックストラップを買い、スタンド着。ちょうどガードナーや平のデモランが始まったところで、うーんもう少し早く着きたかった!というところでしたが写真撮れたからまあいいか。
やっぱりコツは駐車場の確保です。下手に遠いところに置くと現地までの時間が馬鹿にならないですから。今回も使った民間なら土曜に入れば日曜も同じ場所を確保できて2日で5千円です。(詳しい場所はこっそりお教えします。ちなみに決勝の朝でも空いてました)
進行は例年どおり、長いライダー紹介、サイティングラップと進み、いよいよ緊張が高まります。スタンドで見るのはこの瞬間をライダーとともに味わえるような気がしていいものです。
スタートからゴールまでのレース展開は、他の方のレポートや某誌の特集号にお任せするとして、私は12時から3時くらいの間にスタンド→ヘアピン→新設シケイン(松ちゃんシケインと呼んでいるがわかる人いるかな?)→立体交差→ダンロップ→S字→2~1コーナーと回って来ました。
ただ、旅の前にほとんど水を取らず、ア○コールだけ飲んで出たために、スタンド帰着後に軽い脱水症状で倒れました(皆さんは気をつけてください)。
その後はFMを聞きながらボーっと観戦。同行のみんなもそれぞれ旅に出たり戻ったり、はたまた睡眠に入ったりと、いつものような展開を経て、いよいよ夜に。
気づいてみれば後1時間の時点でヨシムラがトップ。20年見てきてこれは2回目。20年前は2コーナーでゴール5分前に転倒してしまったから、必然的に「無事に走り抜いてくれ!」という想いになる。そのまま8時間を経過しても、ほぼあと1周しなければいけない位置にいたので、2分間が長く感じる。結局そのまま無事にゴール。20年前の屈辱、そしてその雪辱を果たした瞬間の両方に立ち会えて、なんか感動してしまった。
そのままの感動状態で表彰式、30年記念でいつもより多めに上がった花火、風よ鈴鹿へを味わいながら、帰路につきます。(20:40頃)
ここで問題は、私の甘い予測に基づく悪魔のささやきにより見る予定ではなかった花火を見てしまったTさんを30分で白子駅に送ることができるかどうかです。もちろん早足+速攻積み込みで駐車場を20分前に出たものの、予想外の交差点の交通規制に阻まれ、あえなく失敗。昨年の成功体験とまたも甘い予測に基づき、名古屋22:00なら間に合う!と名古屋送りを敢行するも、乗りたかった列車を車の中から見送るはめに(涙)。
Tさんには深夜バスで帰京してもらうことになり(結果オーライだったと慰めていただきましたが申し訳ないです)、東京1と大阪組は私の実家(滋賀)へ向かいました。
昼間の暑さが嘘のように滋賀の山中は涼しく、ビールと風呂ですっかり気持ちよくなり、全員が3時半には爆睡(着いたのが0時ですから!)。
翌朝。仕事に行かなくてはならないD氏が焦っています。「雨や。バイク置いていくから送ってくれ。」の言葉で起こされました。見れば外は大雨。寝ぼけていたので送りは父に任せ、一眠りして起きるとすっかり雨は上がっていました。
みんなでゆっくりと遅めの朝食を食べ、記念写真を撮って東京1と大阪(1名)は帰路へ。東京1は土山宿の道の駅でお土産を買ったり、ヨシムラのワゴンを追走したり、東名日本平PAでうな重を食べたりしながら、結局雨に遭うことなく夕方東京へ無事到着しました。
こんなわけで今年の8耐観戦ツアーは終わりました。みなさまお疲れ様でした。
今回は8耐30年、私個人の観戦20年という節目でした。毎年いろんな思い出が重ねられてきましたが、今年は私の不徳の致すところにより、いつものような楽しい想いと、そうではない想いが入り混じることになりました。そのため多くの方にご心配をお掛けし、ご迷惑をお掛けしたことをお詫びいたします。
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汗だくになりながらクーラーボックスを引っ張って大改装した正面ゲート(300kmのときに見て驚いた)をくぐり、友人があらかじめ手配してくれていたS2スタンド指定席へ。(ありがとうございます)
そういえば、学生から就職したての頃は金がなくて指定席なんて考えなかったから、S字とかバックストレートとか、130Rとか、自由席でどこにしようか、なんて毎年考えてたな~なんて、懐かしい思い出です。
スタンドに着いてとりあえず水分を補給し、TOP10トライアル(スペシャルステージと言った方が通りがいい?)を見ます。最初は順調・・・だったのですが。
予選8位チーム(だったかな?)がアタックしようとしたところで異例の赤旗中断。転倒事故があったわけでもないのに、と?????となってしまいました。
そういえば次のチームが走り始めるタイミングおかしかったよね、なんて言ってたら、場内放送によれば情報が少ないながらも、どうやらそんな感じでクレームが出て止めたらしいとわかりました。こんなこと20年で初めてだよ・・・
数十分が過ぎるも、時々流れる意味のないカウントダウンの音を含め進捗の気配はなく、近くの席の若者が「ええかげんにせいや~」と叫び始めました。いや、叫びたいのはあなただけではないのだよ。でもとにかく成り行きを見守るしかない。
かなり時間がたって、なんだか変な順番で再開。始まってしまえばそんなことはどうでも良く(チームにとっては死活問題でしょうが)、モニターを見ながら大騒ぎ。
その結果は他の方のページに譲るとしまして、終了後は宿のこともあるので早々に退散。東名阪を名古屋方向へ戻り、長島ICから鍋田川温泉へ。日帰り温泉施設とコラボした宿で(いや完全に日帰り重視と思われるが)、離れ(別館?旧館?)の部屋に荷物を置き、さっそく風呂へ。さすがに温泉自体の質はなかなか。気持ちよかった。
夕食は日帰り施設内のお座敷。期待以上の豊富なメニューについ食べ過ぎてしまった。偶然窓から見えた桑名の花火で同じ部屋で食事していた若者グループとしばし盛り上がる。
部屋に戻り、幹事部屋(って、会社系泊まり宴会の展開だ・・・)に集まって二次会。ちょうどサッカー日韓戦なのでこれを見ながら持参したノートPCでいろいろな情報をチェック。ブログなどはさすがにこっちへ来ている人が多いのか更新されていなかった(自分もその中のくせに)。サッカーが終わったところで就寝。
朝食は7:30なので7時にでも起きればよかったのですが、いつもの起床時間の6時に起きてしまいました(歳のせいかな・・・)。ヒマなので昨日の結果を公式HPから自作の記録用紙に転記して、決勝に備えることにしました。
朝食、宿の精算、積み込みを済ませ、もうすっかり暑くなってきた8:30に宿を出発!しようとしたところ・・・
今日はここまで。続きはまた。
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昨日は完全に書く意欲を失っていましたが、今日になって復活。
忘れないうちに忘れたいこと以外は書いておこうと思って。やっぱり。
【土曜日】
平日より少し早く起床。すでに暑い。ある程度前日までにまとめておいた荷物を車へ。前の家と違って生活スペースと車の距離が非常に近いので、こういう作業は楽。でも、頭にタオルを巻かなくてはいけないくらい汗をかきました。
しばらくして、ここへ車で向かっている友人から渋滞にはまったと連絡。こんな時間に?であるが、気になって東名の状況を見るといやな予感が・・・
友人は渋滞を程なく抜け、最寄駅の付近まで来たらしい。ここからはアマチュア無線に切り替えて誘導を試みる。何とかうまくいったが、無線機を無線機として使ったのはこれ一度きりらしい。もちろん私はこの後も使いましたよ。
荷物を私の車に載せ、予定より少し遅れて出発。予感のとおり、東名はいつもの大和トンネル付近から渋滞が長々と延びており、第三京浜経由に変更。所要時間は変わらないかもと思ったけど、少しでも流れているのが好きなのです。私は。
1時間ほどして厚木から東名へ。R1も渋滞はしてたけど、ほとんどの区間が流れてたからこれは正解。厚木からは一切渋滞もなく、足柄でドライバー交代。
夏休みのためか足柄SAは人が多い。ここで朝食としてパンとコーヒーを摂ったが、これがなぜか胃に残った。暑いのにケースの中でクマが踊っていたりして余計暑くなった。
昼ごろに新城PAに到着。しかし誰もおなかが減っていないので、昼食は食べず、開店したばかりのコンビニで飲み物やお菓子などを買うだけ。ここから再び私が運転。
ふとバックミラーをみると、見覚えのあるバイクが2台。走行車線に入って減速し、並んだところで見ると私の所属する浜松のツーリングクラブの代表たちではないですか!おお~っと驚いた瞬間、車がレーンから外れていったそうです。(ごめんなさい>同乗者の方)
ツーリング用の周波数に無線機を合わせると、やはり目的地は同じよう。ただし名古屋を経由して行くとのことで、また後で連絡することにして豊田JCTで一旦お別れ。いやー打ち合わせなんかしてなかったのにびっくりした。こんなことってあるんですね。
伊勢湾岸道、東名阪を通って鈴鹿ICで降り、毎年停めている御薗の民間駐車場に到着。14時半くらいだったかな?観戦体勢(タオル、帽子、バンダナ、サングラス、カメラ、日焼け止め、クーラーボックス、クッション、チケット)を整え、フリー走行の音を聞きながらスタンドへ。(重かった>液体と氷が詰まったクーラーボックス)
この音を聞きながら、この暑さを感じると、「今年も来たなあ~」と思います。
続きはまた。
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